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ソラマメブログ › 拳闘居酒屋泪橋 › ただのぼやき › 母性の行方

2009年11月23日

母性の行方




昨日は湯豆腐食べました。あかねきっどです。
おいしいご飯を誰かと食べる。これ以上のしあわせはあんまないんじゃないか、と
小市民的喜びを噛みしめました(もつ楽、まずかったし)。


昨日の泪橋。





天真爛漫の襲撃を受けました。なんか今日もくる的なこと言ってたから
少人数でぽかーんとしてるのも悪いし、人を集めておこうかしら・・・。元気ねえ。







襲撃その2.しろちゃん・・・。
エロトナカイのお鼻が赤いのは発情の印なんだってさ。
いつも捨て身でたのしませてくれてありがとう・・・。



そのあと泪橋で団欒、、といこうとしたら、Nekoさんに呼ばれました。
アバター100人撮ってるんだってさ。
「あかねさんを逆さに振っても美女アバターは出てきませんね」
と、どSな台詞を吐き捨てられました。

ギャル男とかふつーっぽいキャバ嬢撮りたいらしいから自薦他薦はNeko Linkまで。




で、母性の行方です。


30歳になって子供もいないと、確実に余るものがあります。母性です。
人はそもそも、何かを育てたくてしょうがない生き物なんじゃないかと思うんですが、
少子化で子供いない大人が増えちゃって、世間的に母性が余ってるような気がします。


ある人は我が子のようにお犬様に服を着させ、ある人は猫を10匹飼い、
ある人はミドリフグを子のように愛する、それが現代であります。
1人っ子は、母の余った母性の犠牲になったりしてるんじゃないだろうか。


さらに「何か小さな物を育てたい、その様子を見守りたい」という本能は世の中のニーズとして
だだもれており、古くはたまごっち、今ではケータイやらSNSゲームで、人はキャラを、草を、町を
牧場を育て、行き場のない愛の埋め合わせをしているのです。


「愛する物が欲しい」「小さな物を育てたい」


こういう人間本来の欲求ですら、マーケティングされ、ネットサービスとして展開され、
愛情は消費されていく、高度資本主義恐るべし。
しかしそれは人間が望んだ展開だから、いいことなんだろう。きっと。


セカンドライフで犬猫魚の世話するってのも、愛の形の最前線、という気がしないでもないですね。


ちなみに私は愛するフグが死んだので、観葉植物の世話をしまくっています。
私の母性はどこに行けばよいのでしょうか(子供生めばいいのか)。



一番上の写真は、ありあまる愛情を持ち腐れている、しーさんです。
誰か彼の愛を受け取ってみないか(余計なお世話)。







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この記事へのコメント
ちょ、オチに使うなやw

モンハンではいけめんと呼ばればかにされています。
ありがとう、しにたい。
Posted by しーぼん at 2009年11月24日 23:27
ちょ、オチに使うなやw

モンハンではいけめんと呼ばればかにされています。
ありがとう、しにたい。
Posted by しーぼん at 2009年11月24日 23:28
しーちゃん

いけめんなんだ・・。アバターみたいねえ。
しにたくても生きなきゃねえ。
Posted by akane at 2009年11月25日 08:59
フレンドのフレンドに初めて会ったとき
『どうも、いけめんです』
と挨拶したのが敗因です。
まさかここまで引っ張られるとは……。


まあなんだ、俺が悪いんだよこんちくしょう。
Posted by しーぼん at 2009年11月26日 01:27
しーちゃん

自分で言っちゃっちゃーしゃーねーわな。
私もこれからは「セカンドライフの人気者です」って自己紹介するよ、現実で。
kkk
Posted by akane at 2009年11月26日 21:46
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